■■■ - 伝統的な「風呂敷」を追い求めて -
金榮順 ■■■
「娘や、食卓へ運ぶお盆にかけ布を・・・」
布地作りに没頭し、ふと気が付くと、ある詩人のこの一節を我知らず口にしていることがしばしばあります。
昔の女の人たちはほとんど皆、手織の麻布で家族の着物を縫いましたが、その残りの切れ端一つも捨てずに、上手に寄せ合わせ、見事な「掛け布」などを作り上げたものでした。
私の母も常に「支子の花」や「藍」で染めた韓服(朝鮮服)を着ていました。幼い私にとって、どれ程まぶしく映ったことか・・・。年老いてなお孫達に着せる服を作り続けたあの母の姿が、今も目に焼き付いて離れません。
私が麻布に限りない愛着を持つようになったのも、おそらくこの母の影響だろうと思えます。
母だけでなく、かつて韓国の女達のほとんどが、自分で糸を紡ぎ、染め、布を織り、着物を作りました。そして使い残した一片の布地も捨てることなく、「ふろしき(ポジャギ)」などの生活用品に生かして使う才覚を持っていました。その過程のなかで「幾何学的模様」や「抽象的表現」が、一つの「伝統的表現」となって定型化していったのでした。それは極めて「静的」で、「モンドリアン」などの西欧現代作家の「動的」なものと全く対照的な、非常に特徴的(韓国的)なものを作り上げてきたのでした。
これまでの個展では、この我国の伝統的な「ふろしき(ポジャギ)」をパターンにして作り上げた作品を数多く発表してきました。「伝統的」という中味は、「繊細さ」「落ち着き」「忍耐強さ」などが考えられますが、とりわけ「静的」な「観照」にポイントをおいて追求しました。
1984年の第1回目の個展では、「座布団」という主題の元で、「幾何学的模様」を織りあげましたが、以降もやはり我国の伝統的な「ふろしき(ポジャギ)」と「建築物」の面
構成を基抽に据えた「幾何学的模様」をテーマとした作品に取り組んできました。
麻布と布地を、天然染料で染めたものを基本にし、「色彩
」は「陰陽五行説」の色を念頭におきました。その上で、平面
的な作品に立体感と変化をもたらすようにと、「結び目」と「銀細工」を施し、配列してみました。
これからの展望としては、今までの方法をパターンとしながら、作品により「絵画性」と「装飾性」を付け加えていきたいと考えています。
■■■ ふろしき(ポジャギ)の現代造形世界
李慶成(美術評論家、国立現代美術館館長)
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作家、金榮順の作品は脈絡でみれば韓国の伝統ふろしき(ポジャギ)の延長線上にある。線上からはずれている点があるとすれば、伝統ふろしき(ポジャギ)は昔の女性たちの固定観念から生まれたもので、金榮順の作品は、現代人の生活観念から生まれる芸術作品であるという点だ
。
結果的に同じ韓国の材料を使用し、同じ美意識から作り出されたものであるので、多分に同一性を内包している。
韓国の伝統ふろしき(ポジャギ)は、一種の廃品の美学という意識から作られたものではない。日常集めておいた織物断片を利用して、自分自身の美的感覚や秩序から作られたものである。芸術家という自意識を持たない主婦が、生活に必要なものを作るという機能的な意図からだった。
材料があったのでそれを使ったとか、また作られたふろしきが四角形であるという点も、その形を必要としたためであった。また、材料が苧麻や麻糸を使用したのは、ふろしき(ポジャギ)の最大機能である通
風を考慮したためだ。
偶然にも芸術を意識することなく作られた芸術的な伝統ふろしき(ポジャギ)が、現代美術、特に抽象芸術に対して大いに我々を驚かせる結果
になっている。それは芸術が「必要」を起源としているからだ。その「必要」は、必然的に美的欲求を満たしていくことで芸術となり、それが人生最後の目的である幸福へと結び付いていくのだ。
その伝統ふろしき(ポジャギ)の脈略の延長線上にある繊維作家金榮順の、作品と伝統ふろしき(ポジャギ)を見るというものが、われわれの伝統ふろしき(ポジャギ)を見る目を高め、時代に即応させてくれる効果
を持つのだ。金榮順が使用した材料は、苧麻や麻糸で、部分的に銀、韓紙、むすび球、金糸、銀糸、フランス刺繍、綿糸、絹糸等である。ここから伝統ふろしき(ポジャギ)と金榮順の作品の違いが生まれる。
染料は天然染料で、赤色系統には蘇芳を使用した。黄色系統は槐化、黒系統は五倍子、藍色系統はインド藍、褐色系統はカンビアカシュー、紫系統はコチニールを使用している。ここでまた伝統ふろしき(ポジャギ)と金榮順の作品の色相的違いを発見することが出来る。
金榮順は繊維技術技法として、パッチワーク、オーバーロック、ハンドステッチ、ハンドエンブロイダリー、銀細工を使っている。これもやはり伝統ふろしきとの技法差異である。
作家・金榮順が自分の作品の中で試みる芸術意図は、大枠はふろしきが持っている美的範疇に入る。そこに作家自身が思った通
りの材料や、天然染料と多様な技法を使って現代的な再構築を試みる。最も違う点は、ふろしきにアクリルを接着して、裏面
から照明で照らしたことである。これもやはり伝統ふろしきを作る人が考えていなかった効果
である。
もっとも、作品のデザインはわれわれの伝統建築と工芸によって創造されてきた窓と門、床、家具の分割面
、建築の構造で現れた面構成を基本にして具体化したものだ。また伝統的なたこや鴨、蝶、不老草、雲、ズボン、チョゴリ(上衣)と同じ民俗主題の文様も、作品の間に配置したのが目につく。結局、金榮順の作品世界から感じられるのは、韓国の伝統ふろしきの美しさを、歴史の中から切断するのではなく、それをどうすれば現代の中に再創造することができるかを意図しているという点だ。
そんな意味で今度の展示はとても意味があるし、成果
があるものと言える。
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