■得丸公明 ライブラリー
 

 

三鷹天命反転住宅体験入居の記 part3

■■■ 新しい文明を作り出すとき ■■■     得丸公明

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■9月16日 13泊目

78)13:00
マイルストーンカフェのブログを妹に紹介したところ、非常に興味を示し、ぜひとも訪れてみたいという。
でも板橋区で家庭の主婦をしているので、平日の夜は外出できないというので、今回は無理かなと諦めかけていたところ、15-17の三連休、誰も家を使わないことがわかったので、この時機に案内することにした。

僕は9月10日から15日まで5連泊した着替えをもって土曜日に一旦自宅に戻って、日曜日の朝、自由ヶ丘道場で合気道のお稽古をしたその足で、13時に吉祥寺駅で妹と待ち合わせることにした。
途中、井の頭線の中で、同じ道場の右田さんといっしょになったので、家の話をしたら、ぜひとも覗いてみたいというので、夕方18時に住宅にきてもらうことにした。

妹はすでに駅でまっていてくれたので、すぐにバス停に向かった。 バスは少し遅れていたのか、15分ほどバス停でまって、バスに乗った。

79) 13:40
家に着いた。
これまで誰かに家を案内したのは、夜ばかりだった。
だから、あえて室内の照明を点けずに、暗い中、はだしになって室内をゆっくりと歩いてもらうことで、家と各人の一対一の出会いの場としていたのだった。

今回は、真昼間だったので、どうしようかと思ったが、使用法に書いてあったように、まずドアを開けて中の雰囲気をちょっとだけ見てもらい、それから一旦ドアを閉めて部屋の外をぐるりと見回して、それから入室することとした。

まず、床の上をはだしで、好きなように歩いてもらった。
「ここは一人で住むための家なの?」 そんなことないよ。ここはたまたまお一人で住んでおられるけど、お隣なんか家族で住んでいる人もいるし、パーティションはないけど、何人でも住めるよ。こないだなんか8人が雑魚寝しても大丈夫だった。
トイレを見てもらい、窓についているCDプレーヤーの使い方も説明した。
ひと回りしたところで、「床にそのまま寝てごらん」と、勧めた。最初は仰向けに、それから体を回して、横向きに、さらにうつ伏せに。
途中、お茶を飲みながら、久々に家族や親戚のことなどを話す。
彼女が一番気に入ったのは、緑色の支柱で、片手や両手で柱をつかんで、体を斜めにしてストレッチをしていた。 僕が「それ登ってもいいんだよ」というと、スルスルスルっと、上まで行った。
一番上のところで、「こ(支柱)の近くに何かつかまるものでもあればいいのだけど」 というから、「じゃあ、そこのフックにこの紐を通せばいい」と布を一本手渡す。
彼女は、それを天井のフックにこれともう一本の紐を使って、両方の長さがうまくアンバランスになるよう調節して、ぶら下がっていた。 「両側の長さが、微妙に違ってくるように調節してある。
そこがミソなんだ」と楽しそうにしている。

80)
5時を少しすぎたところで、妹は夕飯の支度もあるので帰るという。
じゃあせっかくだから廊下や別の階を案内するよ。
3階から上に登る階段を見つけ、「屋上があるの」「屋上庭園があるんだ」
僕も今回の滞在期間中、一度も登ってないから、じゃあちょっと登ってみるか。
柵を乗り越えて、階段を登る。
屋上からは秋らしい夕方の空が見渡せ、空の青と雲の白と庭園の緑がとてもきれいだった。

81) 18:30
合気道の道場仲間の右田さんが、吉祥寺から自転車に乗ってきてくれた。
すでにあたりは黄昏時を過ぎており、照明を消していたので、この部屋かどうかわからずに通 り過ぎて行きそうになったので、ドアを開けて呼び入れた。
いつものように、「ここは洞窟ですから、しばらく明かりは点けませんが、靴下を脱いで、どうぞごゆっくり部屋の中を歩き回ってみてください」といって招き入れる。
それから、そのまま床に寝てもらう。ほとんど明かりはないのだけど、発光禁止オートで、写 真を何枚か撮らせてもらう。
明かりをつけてから、「使用法」を読んでもらう。

その後、二人は、食卓に向かい合って、洞窟についての雑談を交わす。

82) 20:00
8時になったので、「どうする、もう少し家の中で実験したい。それとも、軽く一杯やろうか」というと後者だというので、竹寿司に。
暖簾をくぐると、オヤジが気まずそうな表情をする。なんかあったのかと思えば、出前が立て込んでいて、対応しきれないのだという。
「裏のほうのおつまみだけでいいですから、小上がりでゆっくり飲んでます」
といって許しをいただく。

しばらく二人で、洞窟や合気道や、その他もろもろの雑談を交わしていた。
我々の行動の正邪、当否は、野生動物標準(Wild Animal Standard)に照らして判断してもよいのではないだろうか。
灯りを点けないのも、野生動物は灯りを点けないから。 だとすると、シャワーを浴びることも、人類にとっては不必要なことなのかもしれない。
アフリカに通じておられる言語学者で文化人類学者の西江雅之先生には、お目にかかったことはないが、ほとんど風呂に入らないというので有名。 たしか西江先生は、汗をかかない体質だということだったが、いったいいつから人類は汗をかくようになったのだろう。
ハダカデバネズミは、汗をかくのだろうか。人間以外で汗をかく動物っているのだろうか。

調べてみたら、馬がいる、激しい運動をして体温が上がったときなど、体温を下げるために馬は全身から汗をかく。
だが、馬は、外気温が高いからといって汗をかくわけではないようだ。 人間のように大量に汗をかく動物はいないらしい。
いったい人類はいつから汗をかくようになったのか。ハダカが先か、汗が先か。

なんとなく、まずハダカになって、その後体温調節を細かく行うために汗腺が発達したと考えられないか。
毛があれば、暑いときでも、寒いときでも、毛が緩衝材の役割を果たすので、肌が直接受ける刺激はそれほど大きくなくなる。
毛がなくなったがために、むき出しの肌を守る必要性が生まれ、そのために汗が出るようになったのではいか。
一万年前のハダカの人類の肌はどうなっていたのだろう。そんな頻繁に風呂に入っていたとは思えない。 皮膚の老廃物が防護膜を作っていたのだろうか。
現代のホームレスの人たちの皮膚はどうなっているのだろう。
入浴しない人の皮膚はどうなっているのだろう。

奥様が「今日は電気がついていないから、みえてらっしゃらないかと思ってました」という。
「僕は、基本的に灯りを点けないんです。5万年前の洞窟に住んでいるという設定ですから」
「じゃあ、本は読めないですね」「本は5万年前にはありませんでしたから、読みません」
オヤジが「じゃあ、ターザンみたいな生活になるのかい」というので、
「そう、ほら、このとおり。木登りして天井からブラ下がるんです」と妹が竿登りしていた写 真を見せた。

僕が敷布団なしで床に直接寝ていると話しても、「それでもタオルケットくらい敷くのでしょ」と奥様はなかなか理解してくださらない。
「いえ、まったく何も敷かないで、パンツいっっちょんのハダカでそのまま床になるんです」
「寒くありませんか」、「あの床は何でできているのかわかりませんが、ハダカで寝ていて、熱を奪われるということがありません。
上にタオルケット一枚かけるだけで、ぜんぜん平気ですよ。」
「お風呂も湯船ないんでしょ。シャワーだけ」
「そうですよ、でも、デコボコの上で寝ていると、体がストレッチされるのか、湯船に使って重力解除して骨休めしたいという気にならないんです。
二週間ずっとシャワーだけですが、ちっとも疲れません。
シャワーは、湯船にお湯をためるよりも、10分の1以下のお湯の量で体を洗えますから、資源が無駄 にならないです」

83) 22:00
一人で部屋に戻る。灯りは点けない。床の上に枕代わりのバスタオルを丸めておいて、床にそのまま寝る。
この家に敷布団はいらない気がする。

■ 9月17日

84) 01:00
3時間ほど眠り、目が覚める。
室内をグルグル回る。あと、どこを掃除しようか。今日は何をしようか、などと考える。

扇風機の掃除をすることを思いつく。
カバーと羽を外して、たまっている埃を洗剤をつけて洗い落とす。
迷ったけど、もう秋だから使わないだろうと思って、全体をバラバラにして袋に入れておいた。

85) 04:30
扇風機を洗った後で、シャワーを浴びる。
パンツ一枚、上半身裸で、書斎にタオルケット一枚だけ持ち込んで寝てみる。寒くない。
デコボコの床も、書斎の床も、素材は体熱を奪わないようになっている。
素肌でそのまま寝ることを想定していたのだろうか。

86) 08:45-12:50
作務。天井、配管の水拭き。2台のエアコンのフィルターの洗浄、赤い色の壁・支柱・机の横板の水拭きなど。

87) 13:30
作務のあと、30分ほど昼寝した。竹寿司でランチを食べて戻ってくる。
「この辺りの相場にしては、家賃が高いのではないか」という話に及んだので、「4人乗りのカローラと2人乗りのポルシェの値段は、ポルシェのほうが高くても誰も文句を言わないでしょ。
あの家は、シャネルでオートクチュールで仕立てたような家ですから、それを考えたら家賃は安すぎるくらいですよ。」といっておいた。

88) 7:50
14泊目となる本日が僕にとっての最終日。この家にいよいよお暇をするのだなあとしみじみと思う。
通勤していたために、日中ここにいた日はほとんどなかったので、今日のように黄昏を家の中で過ごすのは珍しい。
(8月30日の夕方は昼寝をしていたし、昨日は見送りして、友人を待っていたりして、黄昏を感じることはなかった。)

黄昏にふさわしいライティングで写真をとっておきたいと思い、M(シャッタースピードと絞りがマニュアル)モードにして、室内と室外が同時に写 るようなシャッタースピードと絞りを探す。同時に、室内をレンジフードの照明でぼんやりと照らす。

 

9月18日

89) 03:00  
さて、今回、倉富和子さんのご厚意によって、また大崎晴地さんのご協力をいただいて、私はこの家に14泊した。いよいよ本日早朝にこの家とお別 れするにあたって、思いついたことを書き留めておこうと思う。

■ 1 オブジェとしての天命反転住宅との付き合い方 ■  

右田さんが来たときの話題にもなったのだが、「現代芸術作品のことをオブジェと呼ぶ」という理解は正しくない。

「現代芸術作品は、芸術(アート)あるいは作品(ピース)と呼ばれることを断固拒否するために、もの(オブジェ)として、我々の現前に提示される、姿を現すのである。  

したがって、我々は、それらのオブジェを、眼で見て鑑賞しようなどという誤った考えは絶対に持ってはならない。単なるモノ、あるいはなんだかわからないモノである現前の存在を、五官や心眼を使って、我々の自己存在と直接的に対話させなければならないのだ。  

この三鷹天命反転住宅の場合には、外から見たり、中を短時間歩き回ったとしても、おそらく大切なことは何一つわかることができないだろう。どちらの場合も、まず視覚を使って、評価鑑賞しようとするおろかな行為が中心であるからだ。  

そうではなくて、住むための家そのものとして、実際に住んでつきあう必要がある。そこで起居して、炊事して、掃除して、家族と会話し、友人を招き、そういうことの積み重ね以外に、家との関係性の構築はありえない。  

そのとき、我々は日常性の決まりごとにがんじがらめに束縛されていては、我々の心身が家に対応しきれない。だから、この家に住むにあたっては、できるだけ使用法に忠実に使用することが望ましい。少なくとも使用法を音読して頭に叩き込んでおくことが大切である。素直に使用法に従うことによって、作者が予定している居住者の心身の状態に近づくことができ、家と居住者の直接的関係が早くうまれることになる。

 

90)
■ 2 旧石器時代、文明以前の洞窟として ■

・近代文明の終りを迎えて  
言うまでもなく、今日、我々は人類文明(主として西洋近代文明が支配的である地球規模文明)が行き過ぎた結果 として、地球規模の環境問題に遭遇している。  
西洋近代文明とは、人間が他の野生動物より偉く、白人が他の「人種」より偉く、キリスト教徒が他の宗教を信じる人間より偉く、偉い人間はどんなことでもやっていい、地球の全自然に大して絶対的所有権と生殺与奪の権利を有すると考えているきらいがある。  
森林でも、地下の鉱物資源でも、河川でも、海洋でも、すべて人間が絶対的な所有権をもち、自由に奪うこと、奪いつくすことが許されていると考えているようだ。人間に対しても、異教徒を殺戮し、植民地にし、奴隷にしたのも、西洋の白人文明は優れているのだから許されると考えているみたいだ。  
この西洋近代文明が、植民地化やグローバル化によって世界のすみずみまで浸透してしまったために、また、非白人人種の中に、西洋近代文明の思想を受け入れるものたちを作り出すことによって、世界各地で、生物種の絶滅、土壌・水質の汚染、森林の喪失、異常気象などの現象がおきている。  
今日の日本人の生活や考え方も、完全に西洋近代思想に毒されていて、西洋近代思想の延長にある現代人類の文明は、迷うことなく、人間は他の野生動物よりも大切である、と教えていて、そのように考える人間を作り出している。それぞれの人間には、すこしでもたくさんのおいしいものを食べること、少しでも広い家に住むこと、少しでも高価で希少な品物を身につけること、、、、と、大量 生産・大量消費・大量投棄を奨励する。これはまるでパチンコ屋の軍艦マーチのような思想で、どんどん使え、もっと欲しがれ、何も考えるな、という洗脳あるいは催眠術をかけているようなものだ。  

人々が少しでも広い家を欲しがるのは、少しでもたくさんの商品を買ってそれを収納するスペースが必要だからで、そのために通 常の家はトランクルームか輸送コンテナのように直方体であることが要求されるのだ。  およそテレビやラジオ、新聞や雑誌から情報や刺激を受けつづける限り、この人間中心主義の大量 消費の思想・イデオロギーから、自由になることはむずかしい。  
だが、地球規模で見つめれば、もはや人類は地球上のすべての自然資源を使いつくしつつあって、今のような消費生活を継続することは不可能なのだ。

91)
・文明以前に戻ることはできないか  
私はこの家を、旧石器時代、人類が文明を始める前の洞窟であると受けとめて付き合うことにした。もう少し具体的にいうと、私が今年4月に訪れた南アフリカ共和国東ケープ州にある、今から13万年前から6万年前まで現生人類が住んでいた、最古の現生人類遺跡 クラシーズ河口洞窟3号窟と思って住むことにした。  
人類が、毛皮を失って裸の皮膚となり、雨露をしのぐ場として洞窟以外に住むことができなかった時代。まだ舌の筋肉が発達しておらず、喉頭蓋も後退しておらず、およそ言葉という言葉を使用する以前の段階。すなわち文化が生まれる以前、文明(=人間による自然の改変)が始まる以前の段階として、ここ天命反転住宅の生活を営んでみようと思ってきた。  
つまり、人類文明が始まる以前の、消費文明なんて誰も思いもしなかった時代の洞窟の中で、自分は何を考え、どのような動きをするのかを試してみたかった。体ひとつで、文明以前の時代への原点回帰を試みたのだ。  したがって、私がこの家の中に持ち込んだのは、最低限の着替え、歯ブラシ一本、石鹸一個、タオル二本とバスタオル一枚、タオルケット一枚、記録用のカメラ、三脚、ヴォイスレコーダーが中心であった。  
余暇をつぶすためのものを持ち込まないことによって、この家の中で手持ち無沙汰な状況を作り出し、そのときに己の身体や精神がどのような動きや反応を示すのかを見てみようと思ったのだ。

92)
・デコボコの床に裸で寝る  
この家に住むことが決まって、まず思ったのは、床に何も敷かないで、そのまま寝てみたいということだった。結果 的に、14泊、一度も敷物を敷かずに、デコボコの床か、球形の書斎の中で寝ていた。  
体はデコボコや球形にだんだんなじんできて、ごく普通の感覚で寝ることができた。素材が、体熱を奪わないので、寒いということは一度も感じかなった。気持ちよいという印象だけだ。  
もし私がこの家に住むことになれば、敷布団は持ち込まないで、床の上に直接寝る生活を試してみようと思う。  

目が覚めたときに、手足がデコボコの床を叩いたり蹴飛ばしたりして遊びはじめたのには驚いた。手の先、足の先が、散歩のときにリードを放してやって自由に駆け回っているときの犬のように、のびのびと飛び回るのだった。足が床を蹴飛ばし、手が床を叩き、手が胸やお腹をたたき、ドンドコドンドンと、小一時間気の済むまで叩いていると気持ちよかった。  
デコボコの床に寝ていて、背中全体で接地していなかったからか、ドラミングの音がよく響いた。

93)
・誰にとっても気持ちのよい家  
友人達に床の上に寝てもらったときも、みんな、背中が吸い付くようだ、背中が床に引き釣りこまれるようで起き上がりたくなくなるといっていた。
「怠惰になる家だわね」という人もいたが、それは一時的にやってきて癒しを受けている間の現象でしかなく、長く住めば体が力を蓄えてどんどん動き出すのである。  

荒川修作という名前をまったく聞いたこともない友人でも、この家の床に腰を降ろして数分すると、「ちょっと、寝てもいいかなあ」と体を横たえて、静かな呼吸に移った。体が自然と床を受け入れるのだろう。概念など無用の世界だ。

94)
・心臓の鼓動の神秘に気付く  
結果的に、胸を叩くドラミング、その他体のさまざまな部位を打ち鳴らすこと、舌を打ちならすクリック、口笛など、自分の体を使ってさまざまな音を生み出せることがわかった。  
洞窟の中は、音を出しても、獲物がそれに気付いて逃げ出したり、捕食動物に居場所を知られて身の危険を招くこともない。きっと、洞窟の中で、ヒトは音を楽しむこと、音楽を生み出したのだ。  

東洋医学では昔からいっていることだそうだが、舌と心臓が密接に結びついている。だとすればクリックは心臓の鼓動となんらかの結びつきがあるのではないか。ドラミングもやはり、心臓のあるあたりを鼓動に合わせて打ち鳴らす行為である。  
心臓は、誰に言われたわけでもないのに、母の胎内にいるときときから死ぬ ときまで、私たちの胸の奥で鼓動を打ち続けている。心臓は、単に血液を循環させるだけが役目ではないのかもしれない。心臓は、大宇宙の神秘そのものであり、大宇宙と私たちの一瞬一瞬の生がシンクロナイズしているということの証左であり、私たちに日々生きていくためのリズムを教えてくれているのかもしれない。  

95)
・ことばの始まり  
心臓のリズムによって、ドラミングや、クリックが自然発生的に生まれたのだとしたら、それは音声言語が生まれる以前のことであったろう。ドラミングは、ゴリラもチンパンジーも共通 に行っていることだから。  
クリックは、どうして始まったのだろうか。火を使って調理をするようになったヒトは、顎が小さくなり、チンパンジーと同じくらい長かった舌が邪魔になって、あわてて縮んだのかもしれない。そのときに、舌は短く太くなり、口の中で自由に動かせるようになり、クリックもできるようになった。さらに、喉頭蓋も後退して、気道からの呼気を口へと出せるようになったのかもしれない。  
球形の書斎の中で、「あああああああーん、おおおーーん」と声を出していると、今はなき詩人山本陽子の「遥るかする、するするながらIII」が記憶の中からよみがえってきた。彼女は、ことばが生まれるときのことをイメージしていたのだろうか。

96)
・照明は思考を妨げる?  
南アフリカのクラシーズ河口洞窟3号窟に入った2日目、僕は懐中電灯を持っていくのを忘れてしまった。前日は、懐中電灯をたよりに洞窟の奥へ奥へと入っていき、たくさんの洞窟内部の写 真、石筍や壁の写真をとっていたのだが。  
懐中電灯を前日泊めていただいた地主の家にまで取りに戻ると一時間以上かかる。幸い洞窟の途中までは、陽の光が入ってきていたので、この日は自然光だけに頼った撮影をした。おかげで旧石器時代の人々と同じ条件で、洞窟を見ることができ、結果 的にはよかったと思っている。  
その経験があったから、三鷹天命反転住宅において、私は照明を使うことを極力避けた。  

仕事の後、帰宅したときも、灯りを点けずに暗いままの室内に入り、暑いときには窓を開けて風を入れ、そのまま寝たことが多かった。誰かが尋ねてきてくれたときも、最初のうちは、灯りを点けずに、室内を歩いてもらって、視覚に依存しない家との付き合いをしてもらった。この家と付き合うにあたって、夜間灯りをつけないで付き合うのは、間違っていない気がする。そのほうが、全身で家を感じ取ることができるのではないだろうか。

97)
・風の流れる家  
エアコンも使わなかった。  三鷹天命反転住宅は、1階から3回まで各階に3軒ずつ家があるが、それぞれの家の間を風が通 りぬけるようになっている。おそらくそのせいもあって、部屋の窓や玄関を開けると風が入らない日はなかった。  
都心のマンションも、こういうつくりにすれば、みんな涼しいし、ビル風のようなものも生まれないだろうに。

98)
・シャワーしかなくて平気  
シャワーは、洞窟にはないものだが、文明生活に通勤するものとしては、必要である。  シャワーしかなくって、体が疲れませんか、湯船でのんびりしたくなりませんか、と人からも言われたし、自分でもどうなるのかなと不安だった。  
しかし、実際に家の中で生活してみると、おそらく寝ているとき、起きて動いているときに、体の筋肉が刺激されているからか、湯船でゆったりしたいとか、疲れるという意識がまったくないのだった。  
シャワーは、湯船にお湯をためるよりも10分の1以下のお湯消費量だから、エネルギー資源の節約にもなる。

99)
・ヒトはいつから汗をかくようになったのか  
そもそも湯船にお湯をためて、お風呂に入る習慣はいったいいつごろからのものだろうか。ネットで見るかぎり、今から1200−300年しかたっていない、比較的最近生まれた文化、生活様式である。  
お風呂が生まれる前に、人類はどんな生活を送っていたのだろうか。汗をたくさんかいていたのだろうか。  汗をかくのは、馬とヒトだというけれど、馬は早駆けしたあとの火照った体を冷却するために汗をかくのであり、生活している環境が暑くても汗はかかないのだという。  
体内が暑くても、環境が暑くても汗が流れ出る我々の汗腺は、いったいいつごろから今のようになったのだろうか。  裸が先か、汗が先か。汗をかくから裸になったという説もあるが、裸になったから汗をかくようになったのではないか。

100)
・愛が始まるとき  
おもしろかったのは、この家に住んでいると、自然と体が動き出してお掃除を始めることだった。床も、壁も、天井も、どこもかしこも、拭いてあげたくなった。普段はあまりお掃除しない自分が、そんな気持ちになることが不思議だった。  
日曜日に自家用車を洗って、ワックスをかけて悦に入るおじ様たちの気持ちと同じかもしれない。これは、対象物への愛だ。オブジェと自分の間を、愛が結びつけたのだ。  
最終日の朝、名残惜しいのか、元蚊帳があったあたりの床に寝ていた自分は、目覚めたあと、今度は球形の書斎の中に入っていって、二度寝をした。散歩中の犬が、あちこちの電信柱におしっこをかけて回るようなものかもしれない。体が、家のさまざまな場所とのスキンシップを求めていたように思う。

101)
・洞窟キット  
バスタオルとタオルケットをバッグに詰めてから、三脚はたたむ前に写 真にとった。今回の撮影器材は、4月のクラシーズ河口洞窟のときに揃えたNIKONのD-40と三脚だ。まったく照明のない真っ暗闇の洞窟内では、プロのカメラマンにお借りしたNIKONスピードストロボを持参していたが、今回は廊下の照明や30m道路の街路灯などがあったから、借りてこなかった。

102)
・新しい文明の誕生  
こうして、私は、旧石器時代の洞窟を思い浮かべながら、2週間快適に滞在することができた。テレビも、ラジオも、新聞も、インターネットも、まったく欲しくない。むしろそれらのものに煩わされないことで、人類の来し方について、たくさんの発想が浮んできた。  
もっとたくさんの人間が、このような環境に住めば、きっとひとりひとりは幸福になり、世界も平和になるだろう。  

地球環境危機の時代に、三鷹天命反転住宅のような、近代文明を反転させて生きていくことを可能にする住宅が登場したことは、私たちが新しい文明を作り出すときを迎えているということかもしれない。  

倉富さん、本当にありがとうございました。今度、藤枝守の「植物文様」のCDをもってお伺いします。この家に、なぜかとてもよく合うのです。  

2007年9月18日 7:15 得丸公明



 

鷹天命反転住宅体験入居の記  Part-1
■■■ 言霊の力の源泉は、心臓の鼓動だった!? ■■■

三鷹天命反転住宅体験入居の記  Part-2
■■■ もう美術館の時代は、本当に終わったのかもしれない ■■■




『平たい床こそ間違っている!』 三鷹天命反転住宅で自然と共存する意識をつくるとき

 

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