言霊の科学 :           
「三鷹天命反転住宅で洞窟生活を体験する」           得丸 公明

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  三鷹天命反転住宅にお住まいの倉富和子さんが海外出張中に部屋を使わせてくださるというので、私は8月下旬から9月中旬にかけて、二〇二号室に断続して14泊した。
  私は、今年4月に南アフリカ共和国東ケープ州にあるクラシーズ河口洞窟・第3号窟を見学して以来、人類のハダカ化と音声言語の獲得という進化は洞窟の中で起きたという考えにますます興味をもつようになった。その仮説をさらに深めるために、この家の使用法を尊重した上で、ここを中期旧石器時代の洞窟に近づける工夫をした。


・夜間の照明を点けない
・エアコンを使わず、窓からの風で空調する
・他の電化製品もできるだけ使わない
・敷布団を使わずデコボコの床に直接裸で寝る
・居心地・寝心地のよいところを選ぶ
・酒を飲まない、なるべく食べない
・なるべく文明生活を持ち込まない
・つねに体の各部が欲するままに動く

  人間は、不自然な、四角四面の空間の中で生れ落ち、育ち、日々を生きているために、生まれながらにしてもっている生命の記憶を、押しつぶし、マヒさせている。それを活性化するために、部屋の明かりを点けないことにした。すると、気配や音や光にも敏感になる。暗闇で使えるのは音だけだ。デコボコな床を足裏で確かめながら歩き、自然な造形に囲まれて暮らすと、我々の意識の深奥に眠る生命の記憶が呼び覚まされる。この部屋は、文明を越えた未来へ我々を導くのか。
 デコボコな床に寝ると血行もよくなるのか、夢もたくさんみる。使用法にしたがって、床に仰向けに大の字になって、足の裏、手の平、手の甲、お尻を動かして、床をパーカッション楽器のように叩いてみたら、けっこう楽しかった。
 
ある朝、目覚めた後、仰向けのまま足先が床の凸 や凹を探りながらゆっくりと動き始める。2本のバチでドラムを叩くように、木琴やガムランを演奏するように、両足を揃え、あるいはばらばらに動かす。手もいっしょに動き始める。床を叩き、それから胸を叩く。体をひねり、足を交差させ、わき腹を床につけて反対のわき腹や背中を叩いていた。
  別の朝、仰向けに寝た状態で足を伸ばして、寝たままふくらはぎで床を叩く。膝を曲げて足の裏で床を叩く。両手の平で自分のお腹を、あばら骨を、頭を、顔を、楽器のように叩く。足の裏で床をパタパタと叩きつつ、手は自分の体を打楽器のように叩く。ごくごく自然に足や手をパタパタと動かす。坐位 で胸を叩いてもあまりいい音がしないが、デコボコな床に寝ている時は太鼓のように鳴りがいい。
  うつ伏せに寝ていたある朝、両足のつま先が床と対話を始めた。はじめはゆっくりと、ひとつひとつのでっぱりを確かめるように、そのうち段々とリズムが出てくる。2本のスティックで、ガムランを演奏するかのような動きを始めた。しばらくすると手も動き出す。はじめは近くの床をまさぐっていた。これも最初はゆっくりと、しだいにリズミカルに。


                     

  自分の頭をコツコツと叩く。首の付け根を叩く。少し首をもたげて、能の小鼓のように額と後頭部を前後から叩く。足を交差してわき腹を床につけて反対のわき腹を叩く。逆のわき腹を床につける。仰向けになって、胸や腹を叩く。心臓の鼓動と合奏だ。拳骨で、平手で、指先で。それに合わせて、両足が床をける。足先で、足裏全体で。音楽を奏でるように。両足をぶらぶらと宙に浮かせて、両の手で両足をはたく。足の動きをゆるめ、止めて、手は体をさする、なでる。肋骨の間に指を立ててみる。気持ちよく無心に体が動く。
  他に人がいたら迷惑かなと一瞬思ったが、合奏すればよいのだとひらめいた。真っ暗な洞窟内のそれぞれの寝所で寝ていた旧石器人たちは、眠るまでの間、舌打ちや口笛やドラミングの合奏を楽しんだのではないか。音楽は洞窟の中で生れたのであろう。
  球形の書斎の入り口から中を覗いていたら、舌打ちが始まった。舌打ちがだんだんとリズミカルな音楽のようになる。それから体がジャンプを始めた。両手で球体の入り口付近を持ち、両足を揃えて体が飛び跳ねる。  球形の書斎にはいって寝て、壁の球面に体を合わせて、グルグルと体を方位 磁石の針のように回転させた。何回か回って止まったところで、足をパタパタと動かして球面 の床(壁)を叩いた。手が床を叩く。腹、胸、足、頭を叩く。あばら骨をさする。この部屋は、音の響きがいい。手足の音に合わせて、声も出してみた。長く息を出しながら、オーオーオーオーオーと音に抑揚をつけてみた。
  足を鳴らし、しばらくドラミングをして、今度は、口先を尖らせてチュッ、チュッ、チュッ、チュチュチュ、チューチューと音を立てた。続いてオー、オー、オー、オオーっと叫びながら、 球形の書斎のハンモックの中にはいって、ブランコのようにブラブラと揺らす、揺する、揺れる。詩人 山本陽子の「遥るかする、するするながら 。」の詩に、「オーン、オオーン、オオオーン」という音が何度も出てくるが、彼女は言葉の始原を表現しようとしたのだろうか。
  植物に電極を差し込んで測定した植物の電位変化をもとに作曲する藤枝守の「植物文様」のCDを書斎で聞いていたら、口笛を吹きたくなり、音楽に合わせて吹いてみる。口笛は、肺気流や声帯を使わないが、唇や舌の精緻な動きが必要だから、それらの筋肉が発達したとき、人類は口笛を吹くようになったのか。
  ハンモックに寝て、動きをとめてみる。すると、「ムーン」と、体の中から声がする。口を閉じたまま、「ムーー、ウーー」と声を出してみた。 自分の声が部屋の中で反響する。つぎは「アーーーー」と声を出す。自分の声の反響の中に、ハンモックの中で宙ぶらりんになっている自分がいた。自分の発声機構の内的ヴァイブレーションと、声と球形の書斎がつくりだす音波のヴァイブレーションが一体化して、自分の内側と外側の区別 がつかない状態になった。両手で胸や腹を叩いているのだが、そのドラミングの音が自分の耳に聞こえなくなる。今度は、オー、ウー、エー、イーの音でそれぞれやってみる。

                 


  およそ100万年前からヒトは火を使って食物を調理して食べるようになり、歯列が後退した。それにともなって、舌も短くなり、喉頭も後退し、気管から出される呼気を口から出せるようになった。しかし、その結果 すぐにコトバを話し始めたと考えるのは、早計であろう。というのは、舌や唇や頬が自由に動かないことには、有声のコトバを発することができないからだ。
  言語学者が遺伝子の突然変異解析と類似の手法で人類言語を統計解析して樹状図を作成したところ、世界に5000以上あるすべての言語は、ひとつの樹状図上に描くことができた。これは、染色体やDNAの解析をしてつくった現生人類の樹状図と似ている。そこで得られた結論は、「最古の言語はアフリカでなければならない」、「コイサン語が最古と考えられる」というものだった。
  もしコイサン語が最古の言語であるなら、人類が最初に話したのは、クリック(舌打ち音)ではないか。コイサン語や南部アフリカ諸言語は、今でもクリックを用いる。これは、母音と子音による発声以前に、人類がクリックで会話したことの名残であろう。
  クリックは、肺気流を使わない。唇を細めたり開いたりし、舌を歯や歯茎や上顎に当て、外気を取り込みながら、吸着音や舌打ち音を出す。 クリックは音楽的である。舌は内臓特殊筋、鰓弓筋であり、心臓と直結する。舌がビート(心音)にノルのは当然だった。言葉は、心臓の鼓動に共振して発達したのだろう。クリックによって舌や唇の筋肉が発達して、母音や子音が自由に出せるよう準備も整ったのだろうと私は想像する。
  言葉は音楽として始まった。まずはクリックによって、顔面や唇や舌を動かす筋肉が発達して、それまではアかオの母音しか出せなかったところが、ウ、エ、イの音も出せるようになった。口笛も始まった。
  言葉はこのようにして始まったのだろう。言葉に魂が宿るのは、言葉が鼓動と結びついていたからだ。
 もちろんこれは、概念装置になる前、概念作用が始まる前の言葉である。概念作用とは「『ある音声の連続』を、『ある特定個人の経験や知識』と恣意的に結びつける」ことであり、言葉のこの作用が人間の嘘や余計な心配を生み、間違った判断や行為を引き出し、人類と地球上生物の運命を混迷と破局へと導いたのであった。 人類がこの概念作用の罠から逃れて、本性の善なる部分、生命記憶としてもっている本覚の知恵に従って、自然と調和してまっすぐに生きるようになるのは、日本の縄文時代をまたなければならない。
                                      (国際縄文学協会会員)

 

■得丸公明 ライブラリー  







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